ダメ人間のつぶやき

日本大好きなダメ人間 MMORPGアスガルドやりながら愛国運動中!!

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回線復帰! 

まいど。


昨日昼間に会社からイッツコムに電話して、

KDDIから折り返し連絡をもらって、

土日しか昼間家にいないので土曜日にお願いします。

って頼んで、

夜帰宅したら、

直ってました、、、、、(゚Д゚;)


留守電に、本日マンションに来て交換機の設定を

変更してもう回復していると思います。とはいってました、、、



( ゚Д゚)イッテヨシ



ほんま、金かえせよ!10円でも20円でも!!!



とりあえず、復帰してMC1を駆け回ってまいりました。

ロエ坊殺しちゃってごめんなさい、、、、(-人-;)(;-人-)



復帰できてよかったです^^


一般守護のチャンプがf2に売りに出てたので、

即効wisするもログアウト中。

メモをすぐに送りましたが、購入できるかなぁ、、、、

育てる大変さを考えたら2億は安いと思います。

時は金なり。



では、またアスで遊んでやってくらさい(#゚Д゚)/~~




今日は気になる記事の転載です。

日本の昔の話を聞くといい話ばっかりなんですが、
最近の話を聞くと、酷い話ばかりです、、、、

原因は朝鮮人なんですが、メディアはほとんど報じないので
朝鮮人の悪行は日本人に知れ渡りません、、、
みなさん、ほんとに朝鮮人は日本人に酷いことをしまくってます。

では転載です。


軍事評論家佐藤守氏のブログからの抜粋です。

これを読んで腹が立たないのは、日本人じゃない!!

<記事引用>-------------------------------
ブログ名:評論家=佐藤守のブログ日記
記事題名:恥ずかしい国に住んでないか
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20090509/1241862013#c

ところで「テーミス」5月号の「日本警世」欄に、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
トルコの好意を無にした日本を貶める国辱市長
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

という題で、高山正之氏が、新潟県柏崎市の「社会主義系市長」会田洋市長の国際的非礼を取り上げている。

90年代半ばに新潟県柏崎市がオープンしたテーマパーク「トルコ文化村」に、トルコ政府から送られたトルコ建国の父、ケマル・アタチュルクの記念像が、野晒しにされているというのである。

当初はテーマパークの広場の中心に、高さ5メートルのケマル像が堂々と飾られていたのだが、バブル崩壊で不況になり赤字倒産、

心配したトルコ大使館は在日トルコ企業の出資も含めた支援を、柏崎市の会田洋市長に伝えたが、社民党系の会田市長は再三のトルコ大使館からの申し出に返事もせず、ブルボン(支援を申し出た製菓会社)の計画にも関心は払わない。
あげくに、地元のラブホテル業者にテーマパークを払い下げてしまったという。

トルコといえば、ロシアを倒した日本を尊敬し、明治23年に紀州沖で遭難したエルトゥール号の乗員たちを、村人たちが命がけで救ったことを忘れずに感謝している国である。

1980年9月におきたイラン・イラク戦争で、
「イランに在留する外国人が自国の救援機で脱出する中、日航は共産党系乗員組合が運行を拒否、自衛隊機の出動は社会党が反対して日本人だけがテヘランに取り残された」時、「昔、勇気をくれた日本人のために」と、トルコが救援機を差し出してくれたおかげで200人を越える日本人が脱出できたのだったが、120年も前の1890年の恩を忘れないトルコに比べて、わずか30年前の恩を忘れている日本人がいることが情けない。

トルコ大使館は会田市長の『日本人とは思えぬ品位のない行為』を怒り、『せめて寄贈したケマルの像を、和歌山にある串本のエルトゥール号記念館に移して欲しい』と文書で伝えた。

しかし彼は『売っちまったものに市は口を出せない』と突っぱねたという。

「こんな男が市長として選ばれたことに慄然とする」と高山氏は書いているが、あきれてものも言えない。

会田市長がテーマパークをラブホテル業者に払い下げた経緯は不明だが、会田市長は全共闘の出身で、心情は社民党と同じ。
テヘランへの自衛隊機派遣を潰して日本が国の恥をさらしたのを社民党は手を打って
喜んだ。それと同じにトルコが怒り、日本の評判が落ちるのはむしろ彼は望んでいるようにすら思える。

かくてラブホテル業者の所有となった施設は荒れ放題。ケマル・アタチュルクの像は台座から外され、青いビニールシートにくるまれたまま野晒しにされて今に至っているという。

<↑引用終わり>---------------------------

まず大切なことは、トルコ共和国においては、120年前のトルコ軍艦エルトグロール号の遭難事件のことを、きちんと国民に教育で教えているということです。

歴史を国民にキチンと教えているから、それが国民的感謝の意思となり、トルコの国家的意思としての親日感情が生まれている。

歴史教育というものが、いかに大切か。

日本では、歴史の授業は、単に年号を丸暗記するためだけのものになっています。

しかし、歴史というのは人々の営みだ。そして人には心がある。その心を教えずして、なんの歴史授業か。

エルトグロール号の遭難事件というのは、明治23年(1890年)の出来事です。

トルコ皇帝ハミル2世が日本に派遣した特使一行を乗せたエルトゥール号が、帰路、暴風雨に遭遇。和歌山県串本町沖合で岩礁に衝突し遭難した。

特使を含む518名が死亡したが、死を免れた69名は、地元漁民の手厚い救護により一命を取りとめた。

このとき村人たちは、台風により漁ができず、自分たちの食べるものさえ無くなってしまうという状況にあったにもかかわらず、非常時のために飼っていた、最後に残ったにわとりまでも、トルコ人に食べさせ介護した。

さらに遭難者の遺体を引き上げ、丁重に葬った。

この話は、和歌山県知事から明治天皇に伝えられた。

後日、遭難者たちは明治天皇の命により軍艦2隻でトルコに送り届けられた。

この話に同情した山田寅次郎という人物が、一民間人として新聞社などの協力を得ながら全国を歩いて義捐金を集め、それを携えてトルコに渡った。

1892年、イスタンブールに上陸した山田は、外務大臣サイド・パシャに義捐金を手渡し、皇帝アビドゥル・ハミト2世に拝謁。

山田寅次郎はトルコ側の要請で、そのままトルコに留まり、日本語を教えるとともに、日本とトルコの友好親善に尽くした。

この時の教え子の中に、後にトルコ共和国初代大統領となる、ケマル・パシャがいた。

そのケマル・パシャこそ、トルコ革命の指導者であり、トルコ共和国の初代大統領、トルコ共和国の建国の父、その人です。

トルコはそうした歴史をちゃんと記憶している。
それに対して、日本という国は、いったい何だ?!

時代は下って、1985年。

イラクのサダム・フセインは、「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機をすべて打ち落とす」と3月17日に宣言した。

イランに住んでいた日本人は、慌ててテヘラン空港に向かったけれど、どの飛行機も満席で乗ることができない。

世界各国は自国民の救出をするために救援機を出したのだけれど、日本政府はすばやい決定ができなかった。空港にいた日本人は、パニックに陥った。

このとき、1機のトルコ航空の飛行機が到着した。
トルコ航空の飛行機は日本人216名全員を乗せて、成田に向かって飛び立った。

タイムリミットの、1時間15分前だった。

なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。

この時、元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語られたといいます。

「エルトゥール号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。
私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。
トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥール号の事を知っています。
今の日本人が知らないだけです。
それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」

国として、日本との友情をちゃんと保持してくれていた。
このときの日本の内閣は中曽根氏。
救援用の飛行機を飛ばそうとする政府に対し、社内のサヨク勢力の圧力に屈した日本航空は、帰国便を飛ばすことを逡巡。

内閣が自衛隊機を飛ばそうにも、当時のサヨク抵抗勢力は、それは日本の海外派兵にあたると、これに猛烈に反対。
(彼らには、日本人の人命はどうなってもよいのか?)

結局、トルコ政府の義侠心によって、日本人の貴重な人命が守られた。


そして1996年。

新潟県柏崎市に、新潟中央銀行がバックアップするテーマパーク「トルコ文化村」がオープンした。
トルコ政府は、これを大いに喜び、柏崎市にトルコ共和国の建国の父ケマル・パシャの像を寄贈した。

ところが、1999年、メインバンクの新潟中央銀行が破綻。トルコ村は資金繰りが悪化。2002年、柏崎市がトルコ村を買い取ったが、2004年、再度トルコ村の経営は破綻。

以後の話は、上述の通りです。

日本は、何をやってるんだ?!



ここまで。

軍艦エルトゥールル号の話とその後のイラクの話は以前読んでいて、
うるうるしながら読んだ記憶があります。

ほんと、朝鮮人、国へ帰れよ!!
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